宗教のシンボル
宗教の象徴主義とは、典型、行為、アート作品、イベント、自然現象などでシンボルを使用することです。 宗教では、説得力のある考え方の象徴として、また宗教的テキストや儀式、アート作品としてシンボルをとらえています。シンボルは、社会の道徳的価値観を表 現したり、宗教 の教えや信仰者の連帯感をもたらしたり、あるいは崇拝目的を団結支持したりするのに役立っています。
宗教シンボルの研究は、比較宗教や神話として、あるいは 宗教の境界内に制限された局地的範囲で普遍的なものです。
以下に過去から最もよく知られている宗教的シンボルを紹 介します。
幸 福な人間
(元 々は幸福な人) は世俗的アイコンで、世界の人道主義本体であるInternational Humanist and Ethical Union (IHEU) の 正式なシンボルで、世界中の人道主義団体や個人に取り入れられています。1965年、イギリス の人道主義団体がそのシンボルを作成するにあたって公募したのが始まりです。この公募で採用されたのは、デニス・バーリントンがデザインしたこのシンボル です。 ****
ウロボロス
自 己反射、特に常に自己を再 生するという意味での循環、永続性、他にも終わりと同時に始まりがくるサイクルという意味を表しています。
太 陽十字
太陽十字、または太陽車輪とは、円の 中に十字を描いたシンボルで、先史時代、特に新石器時代から青銅時代のヨーロッ パで一般的に使われていたシンボルです。
三脚巴
三脚巴、トリスケリオンあるいはトリスケルは、三つの渦巻きが合体した形や、三本の曲がった人間の足、それに似た三つの突起や三つの回転対照的な形がモ チーフとなっています。三脚巴はブルターニュやマン島、シチリア島 (トリナクリアと呼ばれる場所) のシンボルです。
仏陀の目
実際にネパールにある全ての仏舎利塔 (仏教寺院) には、主塔の四方に巨大な目が描かれ周りを見渡しています。 これらは仏陀の目で(分別の目とも呼ばれ る)、四方を見渡すことから仏陀が全知であることのシンボルとなっています。
星形五角形
ここに示すのが、星型が上向きに描か れた五芒星です。五芒星は、5画で描かれた5つの点を持った星のことを言いま す。五芒星は古代ギリシャやバビロニアで象徴的に使用されていました。現在でもキリスト教徒が十字を使用したり、ユダヤ教徒がダビデの星を使うのと同じよ うに、多くのウィッカ信者によって信仰のシンボルとして使われています。五芒星には魔法の力があり、復興異教徒を信仰する多くの人々はこのシンボルを取り 入れた装飾品を身に着けています。キリスト教徒の間ではイエスの5つの傷を表すために五芒星を使うのがより一般的です。また、五芒星はフリーメーソンにも 関連があり、他にも多くの信仰システムで利用されています。
神 の手
一般的にスラブ人の 復興異教主義、特 にRPKによって唱えられていた万有在神論を 示すために使われていたシンボルで、 "神の手" として知られています。
アンク
ア ンクはエジプトの墓やその他のアートで神や女神の指先に描かれることが多く、死後の神々が亡くなった人のミイラに命の贈 り物を授与しているこを表しています。これは受胎のシンボルと考えられています。 また、エジプト人はアンクを魔除けのお守りとして、単体あるいは他の "力" や"健康" という神聖文字と合わせて持ち歩いていました。金属を打ちつけて作った鏡の多くが装飾的な理由や別世界を悟るシンボルとしてアンクの 形をしていました。 ア ンクが銀に装飾されることはほとんどありませんでした。エジプト人は重要な模範となるもの (墓やその他の目的のもの) の装飾には常に太陽のシンボルである金を使っていました。時には、類似した金属である銅も、高い光沢がでるように磨き上げて使われることがありました。
黄 金の林檎
ディスコーディアを崇拝する人たちに よって使われていたシンボルで、秩序と混沌の相互依存関係を表しています。黄金 の林檎は、誰もが絶対に知っておく必要がある全てという意味を表しています。他にも、ホッ ジポッジを囲む空スペースを描くこと で、知 る価値のないものも全てという意味のシンボルとなっています。
天 使モロナイ
トランペットを吹く天使モロナイのイ メージは、末日聖徒イエスキリスト協会の非公式シンボルです。モロナイはモルモ ン書の数版のカバーに登場し、多くの場合その天使像は末日聖徒協会の頂上に立ち、東の方角を向いています。
総 主教十 字
総主教十字のシンボルは、9世紀のビ ザンチウム帝国で多く見られました。9世紀のビザンチウム帝国では、二重クロス は宗教的な意味はなく、ビザンチウムの吏員や宣教師などによって政 治的な意味を込めて使 われていま した。現在、二重クロスの解釈の一つに、ビザンチウム帝国からの宣教師、聖シリルと聖メトディオスによってこの地域にもたらされた伝統キリスト教の継承者 と保護者としてのスロバキアという意味があります。
キリスト教の十 字架
イエスキリストが張り付けられたものを表 す、最も知られているキリスト教の宗教シンボルです。キリスト受難の像 (イエスの身体も表した立体的クロスが多い) を表し、さらには一般家庭のクロスシンボルになっています。 十字架のサインは、二つのラインを東西直角 に交差させるシンプルな形で、キリスト教の渡来を示し、人間文明の非常に離れた 時期まで遡ります。十字架は飾りとしてだけではなく、強い宗教的な意味で使用されていたとされています。キリスト教の十字架は様々な形のものがあります。
フ ルール・ド・リス
フルール・ド・リスはヨーロッパの様 々な紋章や旗に何世紀もの間使われていますが、特にフランスの王政の歴史やスペ イン王国の軍隊、ルクセンブルクの大公、ブルボンの家のメンバーに関連しています。フランス共和国で正式に受け入れられてはいないものの、フランスの切手 にも登場し、不朽フランスのシンボルであり続けています。フランスの歴史家ジョルジュ・デュビーによると、三つの葉は中世の社会階級である働く人、闘う 人、祈る人を表しています。
蓮 の花
古 代から蓮はアジアの伝統の中で貞節と無執着の美徳を表す神のシンボルとされてきました。 ヒンズー教の図解の中では、ピンクの蓮に 乗ったヴィシュヌとラクシュミの像が描かれ尊ばれています。パドマナブアとしての ヴィ シュヌでは、蓮がへそから延てその上に梵天が乗っています。 女 神サラスヴァティーは白の蓮として描かれています。ヴィシュヌは 神の美しさの一例で蓮 の目をしたものとして表 現されています。広がる花びらが魂の広がりを示唆しています。
九 芒星
数字の9に関連して最も一般的に使わ れているのが九芒星です。九 芒星には特に決まったデ ザインがあるわけではありません。
ナ マンをのせた蓮
アイヤーヴァリのシンボルは炎の形を した白い'ナマン' のせた蓮です。蓮は1008の花びらを持つサ ハスララを 表し、ナマンはアーンマ・ジョシま たはアートマンを表し、"魂" や"自身" と解釈されています。
翼 のハート、トゥグラ・イナヤティ
ユニバーサルスーフィズムのシンボル が”翼のハート”と呼ばれるトゥグラ・イナヤティで す。 翼のあるハートは古いスーフィのシンボル で、1910年に創立された’西のスーフィー指令’の紋 章としてイナヤット・カンによって選ばれました。この翼のハートの元々の描画はヴィラヤット・イナヤット・カンの73歳の誕生日に贈られました。 トゥグラの形は心が天国を望んでいることを 象徴しています。ハート中にある三日月は心の責任と潜在能力を表しています。
一 筆 書き六芒星
一筆書き六芒星とは、三角形を二つ重 ねるのではなく、連続した一筆で描ける六角形の星形です。ポイントが接している 内側の円にも六角星を描くことができます。 ギリシャやヒンドゥーの神話の中で神の支配 への献身のシンボルとして使われていました。
陰陽シンボル
中 国哲学での陰陽の考え方は、西洋における陰陽の説明である、自然界において一見反対の両極あ るいは正反対に見える力が互いに関わり依存しあっていて、それぞれが互いに順番に引き起こしているという考え方に匹敵しています。このように、対極はそれ ぞれが関わりあってのみ存在しています。この考えかたは、古くからの中国の科学や哲学から多く派生したものが起源となり、また伝統的中国医学の重要なガイ ドラインとして、他にも八卦掌、太極拳、気功、易経占いなど様々な中国武術のや運動の原則の中核になっています。自然界の多くの二面性-影と光、女性と男 性、低高、冷熱、はそれぞれ陰陽を表していると考えられています。
鳥 居シンボル
鳥居は伝統的な日本の門で、神社の入 り口などで見られ、俗世界から聖なる場所への移行を象徴しています。
カ ンダのシンボル
シンボルにある左の刀剣は真実を意味 し、右側の刀剣は正義の戦いダ ルマ (宗教)を 示しています。中央の円は神は唯一で決して始まりも終わりもないということを表しています。 カ ンダは神の知識を表し、円は永遠なる神の本質と人類の一体感を表し、二本の刀剣はミリ (政治的主権) と ピリ (精神的な主権) を表しています。
ラ ブ・アル・ヒズブ
八芒星はアンダルシアに基づく古代文 明であるタルテッソスのシンボルとして使われていました。この地域がイスラム王 朝によって八世紀の間支配されたことで、ラブ・アル・ヒズブの起源の可能性があります。このシンボルはアラビア書の章の終わりの印として使われています。
星と三 日月
星と三日月の組み合わせは古代イスラ エルの時代から見られます。モアブの人々(紀 元前 14世紀または初期13世紀から紀元前6世紀まで)に 関連していて、モアブの名前の印に登場していたシンボルです。1793年 からオスマンの旗に記され、19世紀にはオスマン帝国のシンボルでした。 1844年のオスマンの旗はトルコ共和国の旗として継続して使われています。
